アロマの力で35年間で一番の奇跡を

アシェルヘーン アロマブログ担当佐久間真理子です。

私がヤングリビングの精油を使い始めて1年ほどですが、目まぐるしく人生が好転しています。

中でも父とのエピソードが大変反響を頂きました。

精油の力で絶対に叶うことが無いと思って諦めていたこと。というよりも、絶望的に諦めていた問題が大きく前進した体験をシェアしたいと思います。

どの精油もとても大きな力があって、私の人生や身体を大きく変えてくれたのですが、今回大きく私の人生を動かしたのは日本ではまだ発売されていないインフューズド7。

これはどんなオイルかというと、7本セットになっていて、いかにも見た目は5レンジャーのような、確かに救世主というかヒーローのようなオイルのセットなのです。

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①    「フィールド」

キャリアや人生を良きものに!

②    「ファイナンス」

金銭状態救済オイル!

③    「ファン」

人生にワクワクを引き寄せる!

④    「フレンド」

人間関係UPオイル!

⑤    「フェイス」

自分自身の信念体系を変える!

⑥    「ファミリー」

家族・パートナーオイル!

⑦    「フィットネス」

肉体の健全なる健康オイル!

この7本からなるインフューズド7は私に奇跡を起こしたオイルでした。

私にとって物心ついた時からの苦しみの元は家族の問題でした。

私の生まれた家は経済的には恵まれていて、外側からみたらとても恵まれた家だったと思います。

「まりちゃんはいいわねぇ。いつも可愛いお洋服を着て、バレエのお稽古できて。」

なんて言われていたのを覚えています。

父は某大企業でロケットの設計に携わっていました。母はアパレルのデザイナーで結婚してからは専業主婦、1つ下の妹と犬が私の家族でした。

小さなころから両親の中が悪く、喧嘩どころか会話もなく、父は仕事ばかりで家にはほとんどいませんでしたが、たまに家にいるときは完璧に家事をやらない母に辛く当たったり、

とてもワンマンで家族の話なんて全く聞かなかったことを記憶しています。

今でもすごく覚えているのは、私のバレエのお稽古で夕飯が遅くなった時に、母にビールをぶっかけて怒鳴っていたこと・・・

私は「お母さんが怒られないようにいい子でいなきゃ」「完璧にやらないと愛されない」なんて思いながら育ちました。

いい子になろうとしすぎて、強迫性障害で手洗いが止められなくなったり、円形脱毛、謎の感染症など、とにかく体に症状が出ていましたが両親は気づいていませんでした。

 

父のことは嫌いでしたし、母のことも信頼していませんでした。私より両親に手を焼いてもらっていた妹のことも嫌いでした。逆に妹と対照的に優等生だった私のことを妹は妬んでいて、姉妹仲も最悪でした。

 

私が大人になって30歳を目前に両親は別居し、その後私と父が連絡を取ったことで母からは絶縁され、母にべったりだった妹とも自動的に縁が切れました。唯一連絡がとれる父のことは許せなかったので私はずっと独りぼっちでした。

家族は全員生きているけど、私はこの世界で一人でした。

私は名古屋で生まれ、ずっと名古屋に住んでいましたが昨年フリーランスになったことをきっかけに上京しました。上京の前に、フリーランスになることも父は賛成はしてくれていませんでした。

私は10年ほど大学病院で看護師をしており、その後美容の道に転身し、美容専門学校の講師を経て、現在はフリーのメイク講師、ヘアメイクとして働いています。

50年ほど大企業で働いていた父には私の選択は理解できませんし、何より、国立大学の医学部を出て、大学病院のICU勤務をしている娘が自慢だったので、全く理解してもらえませんでした。

それでも私が上京してから少しずつ少しづつ、2人の距離は縮まってきてはいましたが、ぎくしゃくした関係はなかなか変わりませんでした。

「許さなきゃ」「感謝しなきゃ」

こんな想いで父と会っていました。

自分の中で、最大限寛大な気持ちで父を受け入れる努力をしていました。

でも、普通の親子みたいになれるという期待は一度もしたことがありませんでした。

それは私にとって絶望的に解決しないと思っていた問題だからです。

しかし、奇跡が起こりました。

先日結婚式で名古屋に帰るタイミングで、父に会う約束をしていました。

その前日にインフューズド7をすべてカプセルに詰めて飲みました。

なんか変わればいいなー。なんておまじないの気分で・・・

そして名古屋で父といつも通りの場所で会食しました。

私のことなんて何にも知らない父。

私の友達、私の好物、私が大切にしていること。

何にも「知らなかった父」が、「私以上に私のことを知ろうとしている父」になっていました。

ブログやホームページを隅々まで熟読し、お仕事でお付き合いのある方の名前や会社名、イベントの日程などすべて把握していて、父なりに想像で考えた事業計画や、仕事の見通しを考えた表などを作ってきたり、わからないなりにWebで検索にかかるにはどうしたらいいのか真剣に考えてくれたり、今まで半分しか話を聞かずに自分の意見を押し付けていた父が、とても親身に話を聞いてくれるようになったのです。

「完璧な私じゃなかったら愛されない」

そう思っていたので、今回会うときもどうやってこの状況を言い訳しようかばかり考えていました。今の状況が父の自慢の娘の姿ではないと思っていたからですね。

しかし父から出てきた言葉は私の考えていた次元の言葉ではありませんでした。

「お父さんは企業で50年以上、本当に好きな仕事ができて幸せだったから本当に感謝してる。だから真理子も自分のやりたいことをやりなさい。今は毎日真理子のことしか考えてないよ。心配だけど、顔が見れたら本当に安心する。次に会える時まで元気で頑張れ。」

 

そう言ってくれたんです。

その日ホテルに帰ってから丸3日涙が止まりませんでした。

もう物心ついてから、自分の感情を封印してきましたし、涙が出ることもほとんどありませんでした。自分の感情を麻痺させることで自分を守って来たので、いつも他人事の気持ちでした。

その蓋をしてきた感情がいきなり外れて、涙が枯れることなく溢れ出たんですね。

これを書いている今もPCの画面が見られなくらい号泣しています。

私のカラカラに乾いて、どんなことがあってもびくともしなかった心が、動くようになりました。それはそれは本当に感動的で35年間の人生で一番の奇跡です。

とても長くなってしまいましたが、お読みいただきてありがとうございます。

この経験が一人でも多くの方の希望になりますように。と願っております。

 

 posted by アシェルヘーンアロマブログ担当 佐久間真理子